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熱心に…

H29.6.26

第56号

 先週一週間は本当に風邪が酷く、辛い一週間であった。休めばいいのだが、そこは先方との約束もあるので、勝手にこちらの都合でその約束を変えるわけには行かない。お陰できっと咳をしている私が訪問したために、ちゃんとした今年の向陵高校の力を入れているところの説明が聞き取りにくかったかも知れない。

 それでも中学校の校長先生から、「こんなに丁寧にどんな処に力を入れているかを説明してもらったのは初めてです」。そんなふうに言われ、ありがたいやら、もしかしたら校長先生方の貴重な時間を奪ってしまいご迷惑をかけたのではないかとの心配やら、このときばかりは風邪も何処かに吹っ飛んでしまっていた。

 それにしても何だかんだと呉西地区の中学校の校長先生方は殆どが顔見知りであり、富山地区でも大体が分かる。顔を互いに知っていると言うことは、本当にありがたいことで何かと話が弾む。そして話の内容も熱心に聴いていただけることに心より感謝した。

 金曜日は何しろ辛くて中学校回りをした後、学校の仕事を終えて5時過ぎには退勤した。それでも華道部のIさんが校長室に花を飾ってくれるというので、暫く待ってその花を観てから帰った。ただこの「校長室だより」に載せるための写真を、ちょっぴり体調がすぐれないし直ぐに撮らないで月曜日にしようと後回しにしてしまった。

 今朝校長室に来てショックだった。ピンクのカーネーションが折れて、花器から外へ投げ出されたような格好になっていた。何だか私がしっかり最後まで見届けなかったからのような気がして、Iさんに申し訳ないような気持ちになった。

 それでも気を取り直して、これも芸術的で面白いと感じ写真に収めた。最初は花器にもう一度挿してみたのだがどうにもならず、元のように花器の外に出してみた。静から動へ、命を投げ出して空間を生かした、などといったら大袈裟だとは思うが、これもまたありなのか。そんなことを思った。

 先日道徳の校内公開授業が1年生で行われた。これがなかなか面白かった。何が面白いかといって、子供たちがそれぞれ自分の思ったこと感じたことを素直に話しているところだ。いいと思ったことも、悪いと思ったことも、格好つけることなく素直にそのままぶっつけて来る。これは本校の子供の本当にいいところだと、私は思っている。本当に熱心に道徳に取り組んでくれていた。ありがたい。

 だから道徳が通り一遍の、建前だけの中身の薄っぺらなものにならない。一生懸命考えて発言している子供たちの姿に、「高校生だって、道徳やれるじゃない」。そんな思いを強くした。

 子供たちの姿だけでなく私が嬉しかったのは、先生方が案外楽しく道徳の授業を行っておられたことだ。いつの間に作ったのか手作り資料もあったり、発問した後の子供の発言を丁寧にフォローしておられたり、もしかしたらご自分の専門の教科にも良い影響を与えるのではないかと感じた。

 アクティブラーニング、アクティブラーニングと言われて久しいが、最も大切なことは子供たちが感じたこと考えたことをきちんととらえて繋いだり対立させたり、授業の基本的な構造を構成する力がしっかりと身に付いていないところに何をやってもみすぼらしいものになってしまう。

 大切なことは自身の指導の在り方を、今一度十分見直すことだ。間違っても授業が上手く行かないのは子供の力が無いせいだとなどと、勘違いしないことだ。だが、これが部活動などとなると結構堂々と「もっといい子供がいれば…」などと言ってはばからない指導者がいる。残念である。

 私が尊敬しているバスケットボールの指導者はいつも、「大浦、負けたら指導者が悪かった。勝ったら子供たちが良かった。指導者はしっかりとこのことを忘れたらアカンよ」口癖のように厳しく私に話した。全くその通りだと指導から離れた今もそう思う。

 昨日市船の近藤君から、インターハイ出場の報告があった。優勝報告だけでなく、激戦区千葉で今回で10年連続出場が果たせたとあった。大変なことだと、教え子の快挙を昨日はこころから喜んだ。

 熱心に、一生懸命に取り組めば、きっと何かいいことがある。私にはそんなふうに思える。勿論そうではないときもある。それでも熱心に、一生懸命に取り組まなければならない。また、教えられている。ありがたい。


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一言に助けられて

H29.6.23

第55号

 先日から風邪が酷く、特に咳が止まらない。昨日も病院へ行ったのだが、しつこく咳だけが続く。昨日はマスクをしていたし、朝は病院へ行っていたため各教室を回っての「おはようございます!」の挨拶もできなかった。

 するとマスクをしている私の姿を見て、会う子供会う子供「校長先生どうしたが?風邪け?」とか、「大丈夫け?休んだ方がいいがじゃないが」、「朝来ないと思ったら、風邪け?」、「もう年ながいから、無理しられんちゃ!」などと声を掛けてくる。その数は私が日々声を掛けている以上である。

 こんなことがあると、やっぱり子供は健気で愛すべき存在だと思う。このことは小学校でも中学校でも一緒である。全く変わらない。普段自分たちに声を掛けてくれる存在が弱っていたら、ちゃんと愛おしんでくれている。しっかりと一声掛けてくれる。本当にステキでありがたい存在である。

 私が朝来ないだけで、そこには何か事情があるのだと察知してくれている。マスクをしただけで、こちらの身体に何かあったのではないかと察してくれている。これは当たり前のことではない。こんなふうに感じてくれるのは、家族かそれなりに親しい友人であろう。子供たちはそれをいとも簡単にやってのけるのだ。それは本当に素晴らしいことだと思う。

 今日もまだ止まっていない咳をしながら、老体にむち打って学校へやってきた。それは各中学校を回る約束があるからだ。相手に時間をくださいと言っておきながら、こちらからそれを反故にすることはできない。今日もがんばって来たい。

 学校は、今日も華道部の子供たちが生けてくれた花々が美しい。来賓玄関はFさんが生けてくれた向日葵が明るく笑いかけてくるし、オレンジ色のグラジオラスも元気を与えてくれる。ピロティにOさんが生けてくれたカーネーションと百合は、優しく包み込むような雰囲気を醸し出す。そんなものの一つ一つがありがたい存在である。そんなものの一つ一つが、向陵生の力に変わる。そう私は信じて疑わない。

 1年生の書道の作品には、「幽情」とある。「友情」は分かるが、「幽情」は知らなかった。気になってはいたのだが、そのままにして今朝やっと調べてみた。「心の奥深い思い」とあった。そしてそれは静かで深みを感じる言葉であった。自らに一番足りない力だと、反省した。静かに深く相手を想う心を持たねばならない。そんなふうに思った。

 子供たちの「大丈夫?」という一言に助けられて、今日も一日がんばろう。


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温かい言葉

H29.6.22

第54号

 昨日は、午後から出張で富山に出かけた。会議の開始時間まで少し時間があったので、写真展を20分ほど覗いた。人物が一瞬見せる輝いている表情を逃すことなく捉えている。神々しい山々の写真、今正に飛び立とうとしている鳥たちの写真、街角に佇む人々が瞬間に見せる平凡さの中にある温もりとありがたさ。そんな諸々のものを感じた。

 それにしても咳が酷く、周りに迷惑を掛けるので、早々に写真展を後にして会議の場所へと向かった。会場にはPTAの会長さんと副会長さん、お二人がおられたので向陵生の近況を話した。やはりまず話題になったのは、ハンドボール部の子供たちを初めとした部活動の子供たちの活躍である。インターハイ出場を目指してがんばった子供たちの姿は貴い。仮に出場を逃したとしても、ちゃんとその努力は自分のこころの中に自信となって刻まれる。

 但し、燃え尽きてその後「何しようかなあー」とか、「もう何もしたくない」など、これはいけない。少しくらいは休んでもいいのだが、部活動をすることだけが自分の目的だったかどうか、今一度見直してみるといい。また、その競技を続けるためには、どうするかを考えたっていいだろう。ちゃんと先生方は、応援してくれるはず。しっかり考えよう。

 他にはやっぱり歌、ピアノ演奏、似顔絵等、「本当に向陵高校には色んな力を持っている子供たちがいますねー」と絶賛されていた。そうやって一人一人の子供のよさを発見し、表現の場を与えてやることこそ教師の一番の手腕である。それをこうやって周りの方々に認めてもらえるとき、子供たちは思ってもみなかった素晴らしい力を発揮する。だから周りの大人たちは子供たちに、「温かい言葉」をシャワーのように降り注いでやってほしい。老いぼれ校長の願いである。

 今朝もピロティには、華道部の子供たちが生けた花が美しい。そんな花々を眺めているだけで「がんばらんなん」という思いが強くなる。ありがたい。

 また「さわやか運動」のスローガン部門最優秀賞の賞状が届いたので、校長室に報告に来てもらった。折角だから「さわやか運動」のポスターの前に立ってもらった。本当にこうやって文化面でも活躍してくれることが嬉しい。

 もっともっと沢山のステキな向陵生を発掘し、この「校長室だより」で紹介していきたい。楽しみにしていてほしい。