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終業式

H30.7.20

第74号

 本校は今日が終業式。この暑さで体育館で式を行うことは子どもたちの体調面でも危険と考えて、校内放送で終業式を行うことにした。生徒会長認証式、賞状伝達式、壮行会、離任式、終業式と続くことを考えると長時間蒸し風呂のような体育館に子どもたちを入れておくことはやはり危険である。

今まではこうだったから。ちゃんとした式なのだから。実はそんなことは子どもたちの命の前では、全く意味を持たないことのように思われる。何よりも命は尊く、尊重されなければならない。そんな自明のことが長く同じ処にいると、見えなくなってしまうことがある。大切なことは今自分が常識だと思っていることを、原点に返って疑ってみることである。自分が金科玉条の如く考えていたものが実は余り意味を持たない虚構であることに気づく。勿論そればかりではない。大事に大切に残していかなければならないものもある。ただ今一度本質を考えて行動することが求められる。

目の前に子どもたちの姿が無いのはちょっと淋しいが、それでも想像することできっといい式になるに違いない。何よりもクーラーの効いた教室で座ってゆとりをもって様々な話を聞けることは決して悪いことではない。子どもたちには何しろこの夏休みしっかりと充実した日々を過ごしてほしいものである。

学校内を回っていたら先日2年6組が社会科見学に行った際に制作した花瓶敷きが展示されていた。ただ見学に行って話を聞くだけでなく、その地で何か因んだものを作ってくるのはとても楽しいことだし思い出にもなる。色とりどりの絹糸で作られた花瓶敷きは、子どもたちの個性が溢れていて興味深い。何よりもどんな色の糸を選んでいるかにその子どもの個性が出ているように思えた。

このようなことを各クラスで秋の遠足の様な形で学校全体で取り組めないだろうか?部活動もいいけれど、ボランティアもいいけれど、子どもたちが真に楽しめる活動を行ってみたらもっともっと子どもたちの高校生活の彩りが華やかに美しくなるように思えるのは私だけだろうか。

学生生活は勉強と部活動と生徒会活動だなどと言われるのだが、私は何よりも共に過ごした時を楽しむ企画だと思っている。同じものを食し、同じ処で一緒に何かを作る。金沢でも高山でも高岡市内でも富山でも、そんな時間を子どもたちが持てたらいいんじゃないかなあー。そんなことを思っている。

今日は終業式一学期間を振り返り新たなスタートを切ってほしい。


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朝に

H30.7.19

第73号

 猛暑のせいか最近は疲れがたまり今まで余り考えたことは無かったが、いよいよこの校長室便りも終わりにしようかななどと思うことがしばしばである。それでも知り合いや教え子、そして保護者の方々からメッセージが届くと「もう少し続けてみようかな」などと思う。

先日も知り合いから「70号到達おめでとうございます!」とのメッセージが届いた。たった一言であるが、「僕はいつも読んでますよ、校長先生!」との気持ちが伝わってきて嬉しい。また教え子からも「先生の学校のミラプロ何とか成功させて下さい。本当に生徒さんたちにとって素晴らしい取り組みだと思います。なかなか先生の思うように行かないようですが、応援しています」などとメッセージをくれる。向陵高校と何の関係もない人たちがこうやって応援してくれている。なんてありがたいことなのだろう。そう思う。

また久々に野球部の保護者と思われる方からもメッセージが届いていた。思っておられることをこうやって言葉にして届けていただけると、どれだけ希望や勇気が貰えることか。やはりこころを言葉にして届けていただくと嬉しい。書いても書いても反応がいただけないと、決してそれを期待しているわけではないのだがめげることもある。今朝のメッセージにこころより感謝したい。

さて通勤路に向日葵が一斉に咲いた。大凡1時間超の通勤時間その途中途中で花々が私の目を楽しませてくれる。今朝も少し早めに家を出て、しばし向日葵畑に車を止めてその姿を眺める。空の青と向日葵の黄。空の青と並んだ小学生の安全帽。そんなことを思う。

始めて校長になった頃、小学生と毎日集団登校した。朝6時前に学校に着いたらそこから集団登校の集まる場所に向かいそこで小学生を迎える。そして一緒に歩く。わき水の豊かなところだったので、今頃の季節だとたまに歩みを止めて家々の前にあるわき水飲み場で水をいただきながら歩いた。お年寄りやお母さん方が、「あっ!校長やわ、朝早くからありがとうございます!」そんなふうに声を掛けられた。朝顔を合わせるだけで「ねえー、いい校長先生でよかったね」などと言われた。本当にありがたかった。保護者に顔の見える、地域に顔の見える校長であることがどれだけ学校経営に重要なことか。そんなことを思った。そのころちょうど政治家の落下傘候補という言葉があった。校長も結構地域にとって落下傘候補じゃないかと思っていた。だから私は顔の見える校長でありたいと願った。そんなことも懐かしい。

向日葵が微笑んでくれた。

学校へ着く。懸垂幕が並んでいた。総体に出場する部の名前がズラリと並んでいた。この暑さに負けることなく全国の舞台で自らの力を出し切ってほしい。こころより応援している。昨日のPTA役員会でも子どもたちの活躍が話題になっていた。みんなの期待を力に変えてがんばって来てほしい。

昨日の役員会では会長さんの意向もあり、少し時間をいただき本校の三本柱について話させてもらった。リスタ、ミラプロ、i-koryoシステム、そして教員研修について話した。特に会長さんは不登校対応としてのi-koryoについて知りたいと前から話しておられたので、本校の不登校生への対応についても説明させてもらった。その後役員の方々一人一人から意見をいただいたのだが、数名の方が「私の子どもは小中と不登校だったのだが、この学校に来て登校できるようになった。本当にありがとうございます。この学校を選んで良かった」そんなふうに言っていただきありがたく、また身の引き締まる思いであった。勿論まだまだ学校への再登校が叶わず、我々の力の無さを実感しているケースもある。期待に応えられる教員としてスキルアップしていきたいと決意を新たにした。

ありがたい。


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学期末

H30.7.18

第72号

今朝学校に着くと正面玄関に「保護者会」の看板が準備されていた。そうか本年度も一学期が終わるのだ。

さて私は子どもたちに何ができたのかと改めて考える。どんな力を学校全体として身に付けさせることができたのだろう。できたこと、できなかったこと、ごちゃ混ぜである。それでも中学校時代全く学校へ登校できなかった子どもが、何人もちゃんと登校し高校生活を謳歌していると先生方から聞くと嬉しい。反面中学校時代なかなか学校へ行けず本校に期待して入学してきたのだが、なかなか登校まで至っていない子どもたちもいる。

学習に部活動に精一杯努力し高校生活を謳歌している子どももいる。学校からアルバイトに直行し働いてお金を貯めようとがんばっている子どももいる。反面まだ何をしていいか分からない。何もする気が起こらない。そう言って「面白くない」を連発する子どもたちもいる。

何とか高校生活をその子なりに充実したものになるよう、少しでも一人一人の子どもたちに声をかけようと思うのだが、話を聞くことがそのまま何かをやろうとする意欲にまで繋がることは余り望めない。それでもと思い声をかけている。

今日の保護者会ではできるだけ子どもたちの良い面を話せたら…と思う。不思議なもので足りないもの、ダメなところ、嫌なところ、そんなところはよく目につくもので直ぐに出てくるのだが、良いところ、好きなところとなると案外なかなか出てこず、出てきても抽象的で具体性に欠ける。そんなことを教員としても親としていつも反省していた。

ピロティをはじめ学校内には子どもたちの活動の様子が分かる掲示物が沢山ある。そんなもの一つ一つにも目を通しながら、向陵生の良さを今一度確かめたい。部活動でも蒸し暑い体育館の中で、一生懸命に汗して活動している子どもたちの姿がある。暑いグラウンドで白球を追いかける子どもたちの姿もある。それぞれがそれぞれに精一杯がんばっている姿は美しい。

そんな向陵生が美しい人となるよう願っている。先日俳優の加藤 剛さんが亡くなった。息子さんのコメントが美しい。

「人の痛みがわかる人間になりなさい。他人の為に涙を流せる人になりなさい。そうすれば、世の中に戦争という愚かなものは無くなるから」

80年の美しい生涯であった。「人の痛みのわかる人間」そうありたいものだと思う。学期末向陵生に贈ります。