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びっくり!

H30.9.25

第112号

 今朝学校に着いて本当にビックリした。私は朝早くまだ薄暗い内に学校へ着くのであるが、今朝は学校の扉を開けようとするとそこには黒い人影。驚いて一瞬手を止めようとする。そこには学生服を着た三人の人が居るように見えた。心臓がドキドキする。鼓動が鳴り止まない。

そこには三体のマネキン。よく見るとそれは結婚式用の着衣をまとったマネキンであると分かった。そうか、ミラプロで模擬結婚式を提案するグループが活用する着衣なのだろう。それにしても私が朝入ってくる玄関に、後ろ向きに三体並べられるとなかなかのもので、本当に心臓が止まるくらいビックリする。

実はこの時期よくこんなことは起こる。中学校にいた頃も、日直当番で最後に学校の戸締まりの見回りに回ると各クラスの中にマネキンを展示に使うクラスがあり、そのマネキンが入り口付近に置かれていたりするとやはり人が居るのと勘違いし本当にビックリしたものである。マネキンを置く際には、是非ともそんなことにも配慮して欲しい。

いよいよ桜樹祭である。子どもたちにはその準備に一生懸命である。今年は三年に一度の二日間開催のようで、その分子どもたちも熱がこもっている。各部門の出し物や、各クラスが作る軽食も力がこもっている。一生懸命にがんばっている子どもたちを見ていると、この子たちの思い描いている納得のできるいい文化祭になるといいと思う。特に三年生には、もしかしたら学校という場での最後の文化祭になるかも知れない。思いっきり完全燃焼してほしい。

今年は向陵名物相撲部の「ちゃんこ」が無いのが残念である。国体に出場となれば仕方が無いことなのだが、私自身あの絶妙の味付けを今年は堪能できないことが淋しい。その分今年は2年生の子どもたちがミラプロで取り組んで来たことの発表があるので楽しみにしてほしい。先ほど紹介した向陵生が考えた模擬結婚式もあれば、向陵生のみならず向陵教職員もステージに上がる向陵ガールズ、ボーイズコレクションもある。また向陵生が考えた喫茶メニューも堪能できる。楽しみにしていてほしい。

開催日は9月28日(金)29日(土)の二日間である。是非是非足を運んで頂きたい。お待ちしている。

さて、最近はめっきりこの便りへのメッセージが無くなりちょっぴり淋しい気もするのだが、それでも私の携帯へ知り合いからの感想はずっと相変わらず入っている。先日の便りへの感想を教え子がくれた。ありがたい。

「今日の便りを読んで。全国大会に出場、第1志望の大学に合格、有名企業に就職など若いときはそこがゴールだと思いがち。でも実はその後の人生のほうがずっと長く厳しい。その厳しさを超えていく力、相手を思いやる行動。人としての成長は死ぬまで続くのだと思い、考えさせられました」

息子を甲子園に、娘をインターハイに、それぞれ支え続けて出場させたお母さん。そんな彼女は、私にはいつもこう言っている。私なんか本当にダメな母親で先生方や周りの方々にいつも助けられてここまで来れたんです。きっと子どもたちにもこう言い続けて来たのだろう。周りがあっての自分。周りの人に感謝しなさい。そういう教え子に私自身が学ばさせていただいている。魚津に住んでいるTさん、また砺波の方へ遊びに来ていい話を聞かせてね。楽しみにしているよ。ありがたい。


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印象に残った言葉

H30.9.21

第111号

 単純な私は「111号」などと数字がぞろ目になったりするだけで、何だかいいことがあるような気がする。そういえば今思い出したのだが、今朝もガソリンを入れたら何と「777」のぞろ目だった。そうか今日はぞろ目が二回。何だか嬉しい。日常の何の変哲もないつまらない出来事も、自分のこころの在り方一つで嬉しく楽しい出来事に変えられるのだ。そう考えるとこころの持ちようってものは、随分大切なことのように思われる。

新幹線に乗ると必ず楽しみにしているものがある。それは座席の前に置いてある「トランヴェール」という冊子である。その中に何年か前から作家の沢木 耕太郎さんがエッセイを書いている。それを読むのが楽しみなのだ。一年に何度も新幹線に乗る身分でもないので続けて読むことは叶わないのだが、だからこそたまに読めることで喜びが倍加するのかも知れない。

今回目にしたのは、「兼六園までⅡ」というエッセイであった。印象に残ったところを抜粋する。

「どうしてあのとき、私はもっといろいろな話を聞いておかなかったのだろう。酒井さんは、きっと話したいこと、聞いてもらいたいことが山ほどあったはずなのに、私はありきたりのやり取りだけでインタヴューを終わらせてしまった。もし私が水路をつなごうとしたら、酒井さんの胸のうちに満ちていた言葉の湖から、多くのものが流れてきていたはずなのだ。かつて私は、自分の父親が死んだとき、どうしてもっと話を聞いておかなかったのだろうと後悔した。父のことをほとんど何も知らなかった、と」

話すことは自由にできるのだが、聴くことには忍耐がつきもの。それが身近であればあるほど余程の忍耐が必要となる。ついつい「そんなことわかっとちゃ!」、と自らの傲慢さが相手の言葉を閉ざしてしまう。言葉を閉ざしてしまえば、こころを閉ざさせてしまうことは明白なのに。自らに近ければ近いほど、罪の意識も持たず相手の言葉を遮ってしまう。傲慢さ故に…。反省しなければ…。

それにしても沢木さんのエッセイは新幹線の風のように爽やかだ。旅するこころをすーっと日常から離れさせてくれる。ありがたい。

教育関係の雑誌から。

「中学校や高校の部活動にも変化がみられる。毎年のように地区大会の一回戦で敗れる運動部も、今年こそはと練習に励み、正選手になれなくてもベンチから声の限りに声援を送った。成果を問われれば、その過程にあると答えるほかはなかった。大会前の校長の激励も『練習の成果を発揮し』『ルールに従って正々堂々と』『最後まで全力を尽くせ』が決まり文句だった。勝つことより人間的な成長を期待したのである。ところが、財界などで一時流行した成果主義が教育に導入されたこともあって、様子が変わってきた(略)」

さてさて、落ち着いて何に取り組むべきなのか、しっかりと今見定めておかなければならない。目先の自分の利益だけにこだわって、子どもたちの未来を曇ったものにしてはならない。いつもこころの中心には子どもたちの姿がなければならない。実のところ私は、子どもたちの人間的成長も、成果主義もどちらも必要なんだと思う。欲張りなのだ。本心をいうと指導する立場の者として成果を上げられないのに、子どもたちの人間的成長を果たして望めるのか、という気持ちもある。

できることなら自分のためではなく、子どもたちにとって成果の上がる教育に努めたいものだ。勿論そこは「挙げる」のではなく、「上げる」必要があることは疑問の余地はない。

部活動で子どもが勝ち進めたら…、試験で子どもが志望の学校に合格したら…、望んでいた会社に入ることができたら…、それは全て子どもが努力し頑張ったから…。もし子どもが負けたら、志望の学校に落ちたら…、臨んでいた会社に入れなかったら…、

それはやっぱり指導者の責任もあるんだと思う。少なくとも私は若い頃、尊敬する先輩教師にそう厳しく躾けられて教師生活をスタートさせた。

「負けたら指導者が悪かったから(つまり私が悪かったから)、勝ったら子どもが良かっただけ」。「学校変わったら、もうそこの先生だ。前の学校の子どもを指導するのは、絶対にやってはいけない。今の子どもたちに失礼だ」。「(出張から帰ってきてそのまま直ぐに体育館で指導していると)子どもたちが体操服なのに、何でお前はスーツなんだ。(授業で体操服でいると)何で子どもたちは制服なのにお前は体操服なんだ。俺は体育の教師だが、集会や行事等では絶対に体操服ではないぞ」。「子どもが一生懸命練習しているのに、何故指導者が椅子に座るんだ。あり得ないだろ」

沢山沢山教わった。厳しさの中に温かさを感じる指導だった。そしてそんな指導があったからこそ、私の教師としての基礎ができたのだと思う。

ペスタロッチの言葉を想う。「全ては他が為に成し、己が為には何事も成さざりき」。なかなかそうはなれないのだが、そうありたいと思う。感謝!


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近頃印象に残った言葉

H30.9.20

第110号

 少しずつ少しずつ気温が下がり、あれだけ暑かった夏は何だったのだろうなどと思う。長雨が続き稲の刈り取りも例年通りとは行かず、天気と相談しながら一度に終わらせるというふうにはできない。今日も曇りで暫くすると雨が落ちてくると言う予報であり、今朝は荷台にコンテナを積んだトラックがまだ5時というのに稲刈りの準備にと動いていた。

校長室の予定黒板を眺める。学校の予定は黒マジックで、地区の予定は青マジックで入れているのであるが、数えてみると黒と青でちょうど32個あった。大体毎日何か行事があるという計算になる。そのうちの土日はどうしても1日中ということになるので、改めてこれは大変なことだと思う。農業は天気と相談。私の予定は、私の身体と相談。そうありたいものだ。

最近目にして印象深かった言葉を紹介したい。

樹木 希林さんの死についてある新聞が「自分を使い切る」という題でコラムにまとめていた。そこにはこうあった。

「『全身がん』の公表後も、病気と淡々と向き合う姿が印象に残る。『善と悪は表裏一体』と、病気を『悪』と決めつけず受け入れた。そうした態度が画面にもにじみ出ていたのではないか。樹木さんは、洋服などをリフォームして最後まで使い切ることを徹底していたという。『十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるってことなんじゃないでしょうか』。言葉を体現した姿が、くっきりと記憶に刻まれる」

「高校野球100の言葉(ことだま)」から

「病気にならず、野球がずっとできていたら、野球がうまくてもすごく嫌な人間になっていた。野球だけできる威張ったヤツになっていたと思います」。小学生からスーパースターだった彼は、中学3年生の時完治することのない難病になる。だが、この経験が心を変えたという。病気になるまでは何の不便もなくて、運動でも勉強でもなんであんなこともできないんだと弱い子の気持ちがわかりませんでした。だから神様が病気にさせたのかなと思います。病気になってからは、思い通りにできない人の気持ちがわかるようになりました。野球がうまいから偉いわけではない。野球が下手でも恥ずかしいことではない。人の気持ちがわからない方が恥ずかしいことなのだ。

大好きな作家 高田 郁さんの「花だより」より

「月も無く、星も無い。暗い暗い闇の海で、船を漕いでいる。そんな夢です」。無数の屍の浮かぶ波間に櫂を差し、船を進める夫の姿が浮かぶ。(略)多くの患者と、その家族から「助けて」と縋られたことだろう。なす術もなく、その命の灯が絶えるのを見守るしかなかったとしたら、どれほど辛いことか。

もう少し印象に残った言葉がある。だが一度に書くとみんな食傷気味になるから、また続けて書いてみたいと思う。秋の夜長は長い。